ハスキー

ここ数年、授業では一回も言ったことないかもしれないけど、
僕は一応、阪神タイガースのファンです。
中学の頃はまあまあ真面目に応援していたんだけど、
現在は非常にゆるいファンで、
「阪神勝つといいなー」とぼんやり思っている程度です。
そんなのもう、ファンと言っていいのかも怪しい。

そんな僕がこの数年、気にしていたのは、藤浪晋太郎君のことです。
知らない人のために書いておくと、
藤浪晋太郎君というのは、阪神のピッチャーです。
大阪桐蔭高校で甲子園を春夏連覇して、阪神に入りました。
プロ1年目から10勝して、3年目までは順調でしたが、
そこから、スランプに陥りました。
今調べたら、2016年から、去年まで。
長い。

もともとコントロールのいいピッチャーではなかったが、
それが信じられないほど悪化し、悪い意味で、手がつけられなくなった。
いいように見えても、突然、四死球から崩れる。
ランナーがたまると、置きにいったような球を痛打される。

なぜ藤浪がそんなことになってしまったのか、僕にはまるでわからなかった。
というか、藤浪自身もほとんどの野球評論家も、わかっていなかったのだと思う。
たまにニュースで野球評論家のコメントを見ると、相反する主張が溢れすぎていた。
精神的な問題だ、いや、技術的な問題だ。
フォームをいじりすぎたんだ、いや、サイドスローに転向するのがいい。
アウトコースの投げ込みを徹底しろ、いや、インコースの制球を練習しろ。
イップスだ、いや、イップスじゃない。
矢野監督と合わないんじゃないか。いや、合わなかったのは金本だ。
阪神にいる限りもう駄目だ、トレードに出してやれ。
などなど。
おいおい、と僕は思った。
こんなの、藤浪が見たら「どないせえっちゅうねん」ってなるよな。
二十歳そこそこの一人の若者じゃん、もう少し静かにしてやれよ、と思った。
でも、裏を返せば、
そんな議論になるだけ、才能を認められている選手なのだろう、とも思った。
みんな、放っておけないのだ。

三年前のある日、夜、豊橋本部で塾長と話していたときに、
何となく「藤浪、どうしたもんですかね」と僕は聞いた。
「ポテンシャルは日本一なんだけどね」と塾長は答えた。

へええ、と僕は思った。

塾長は、野球でもサッカーでも何でもそうなのだが、
言ったことがあり得ないくらいことごとく当たる。
試合展開もそうだし、
選手個人についても、今後活躍するかどうか、
どのくらい優れた選手なのかを、具体的に、ズバリ当てる。

例えばボクシングの井上尚弥も、今でこそ、
歴代最強の日本人ボクサーと言って誰も反対しないだろうけど、
世間でそんなふうに言われる何年も前から、
塾長は、今まで見た中で1位、と明確に言っていた。
先日、ゴルフのマスターズを制覇した松山英樹についても、
塾長は何年も前から、「松山はいつとってもおかしくない」と言っていた。
こんなのはただの一例で、言い出したら、キリがない。

その塾長が、我らが藤浪を、「日本一」と言っている。
それはもう、日本一なのだろう。

「大谷翔平よりもですか」と僕は聞いた。
「うん、ピッチングだけならね。
 マー君(田中将大)よりも上だよ、藤浪の方が。
 しなりが違う。ムチだよ、藤浪は。
 右バッターのアウトコースのストレート。
 藤浪のあれが決まったときには、誰も打てない。
 あんな球を投げられるのは、他にいないね」

正直、僕は特別に藤浪君のファンというわけでもなかった。
ただ、そんなにすごい才能が、
わけのわからないままに消えてしまうのをリアルタイムで見ているのが、何か嫌だった。
たまたまそれが自分のひいきにしている阪神にいるから、余計に。

塾長が「日本一」と言わなかったら、また、違っていたかもしれない。
でも、それが明確になると、藤浪がうつむいてマウンドを降りるニュース映像を見る度に、悲しくなった。

一応、阪神ファンだしなあ。
僕はそう思って、
塾長が考えてくれた藤浪復活のためのフォームやら練習メニューやらメンタルの持ちようやらを、
(ありがとうございます、塾長)
文書で打って、阪神球団の窓口に送りつけた。

会ったことのない人に手紙みたいなものを書いたのは、多分、初めてだったと思う。
もう、二度とないかもしれない。

文書の最後で、
「誰よりも野球を見る目のある人が、あなたのことを、日本で一番の才能を持った投手だと言っています」
と僕は書いた。
きっとあなたもそれはわかっているんじゃないですか、忘れないで下さい、と。

あれ、藤浪君、読んだのかなあ。
まあ読んでないわな。
でも、可能性がゼロじゃないってとこが、いいじゃんか。

去年の終盤、藤浪君は、先発から中継ぎに投げる場所を変えて、大復活した。
そして今年は、開幕投手。
3試合投げて1勝0敗、防御率は2.50。

塾長は、本当は先発より抑えがいいと思うと言っていたし、
相変わらず制球は定まらず、しょっちゅう満塁で投げているみたいだけど、
その度に何とか押さえているみたいで、まあよし。

何より、怯えたようなこわばった顔でマウンドに立っていた藤浪君が変わったことに、安心した。
この前、ニュースで、相手ピッチャーに四球を与えた直後の藤浪君の表情を見た。
まったく、何やってんだ。
でも、その顔が何だか楽しそうで、僕はちょっと、泣きそうだった。

頑張れ、藤浪君。
一応の阪神ファンとして、ずっと応援しています。