平川

 

 

ジンクスとは縁起を担ぐこと。

自分は大学受験に精を入れた。

 

高校生活、

バスケとダンス、しかしてなかったものだから、

何一つ勉強してこなかった。

高校の定期テストも毎回ワースト5位以内で、

何とか学年をすすめることが出来たくらいなので、

忘却も含めると、

高校3年時での学力は中3の時より低かったと思う。

 

 

でもダンス本気でやりたいなーー

ということでダンスの本場でもあった関西圏への大学の受験を決めた。

その大学がぼちぼち難しかったから、

周りからは笑われた。

でも何も考えずに走り始めた。

 

 

僕は決め事をした。

合格するまで、髪の毛を切らないということ。

合格するまで、朝5時起きで鉛筆を握ること。

 

これだけじゃないが、

合格するまではやりきるんだと。

 

やるなら徹底的にやるしか間に合わないから、

学校の登下校中も、神経を研ぎ澄まして英語にリスニングをやった。

 

 

正月のカウントダウン中も鉛筆を握って年を越した。

正月の親戚の集まりは僕の実家に集まるのが恒例だけど、

少し顔を出して、あとはフル無視で勉強。

 

 

トイレも単語帳を開いた。

 

部屋の壁には、

覚えにくい単語を貼りまくった。

 

 

正直言って頭おかしかったと思う。

 

 

ましてや髪の毛切らないとか合格に何も関係ない。

 

 

むしろ合理性だけでいくなら、坊主にした方が

シャンプーとか時間かからない。

 

何故そのルールを作ったか自分でもわからないけれど、

受かりたかった一心で作ったジンクスだった。

 

 

最後らへんは長すぎてカチューチャをして登校していた。

 

学校の先生は僕の目がギラつきすぎて、何も言ってこなかった。

 

授業中に、その授業と全く関係のない英単語とか覚えてても怒ってこなかった。

 

 

多分「止めたら・・分かってますか?」という雰囲気が出てたのだと思う。

授業中当てられても、

隣の席のノートを持っていき、黒板に答えを書いた。

それでも先生は何も言ってこなかった。

 

 

真剣にものに打ちこむときにジンクスをつくる。

 

それがいい結果を導くとは限らないけれど、

それでも今となってはいい思い出となっている。

 

 

合格した僕は京都に一人暮らしを始める。

 

そこでの生活はうってかわって、

朝五時過ぎに寝るという習慣に。

 

 

その時についてはまた書こうと思う。