ハスキー
豊橋市、二川校の中2で、先日は理科の気象の授業。
天気の記号を、快晴、晴れ、曇り、雨、雪、霧、と教えながら、生徒たちに聞いてみた。
「俺、霧が好きなんだけど、その気持ちわかる?」
そしたら、「わかる!」っていう子が結構いた。
あの、何か出てきそうな雰囲気、いいわよね、と。
で、思い出したことがある。
もう十年くらい前の話なのだが、夏の夜中に、一人で新城の方の鳳来寺山という山をドライブしていた。
すると、途中からまあまあの霧が出てきて、ライトの照らす先もかなり見えなくなった。
霧ファンの僕は、いいじゃなーい、何か出そうじゃなーい、と思いつつ運転していたのだが、本当に出た。
モヤモヤと揺れるライトの光の先に、小さなものが飛び出してきた。
イノシシの子ども。
これがもうね、超可愛い。
ちょっと尋常ではない可愛さ。
やだー。
動物好きの僕はそれを見て理性が吹き飛んでしまい、ソッコーで車を停めて外へ飛び出し、さわれる動物には全てさわる、というモットーだけに従って、その子を追いかけた。
あと少しで追いつく、というところで、霧の向こうのガードレールと道路の隙間から、ぬっと出てきた。
イノシシの親。
やば。
これはちょっと、まあ、可愛くないことはないが、何と言うか、こええ。
すげー睨んでる。
そりゃそうだ、自分の子が、わけのわからない人間に追いかけられているわけだから、絶対怒るもんね、親だったらね、あなたは親としてはまともだけど、でも、違うんです、誤解です。
僕は田舎の生まれなので、子どもの頃に、山で野生動物に出会ったときの対処をお祖父ちゃんから色々教わっていた。
イノシシに会ったら背を向けて逃げちゃいけない、と。
まあ、それ以前に、子どもがいるところには親もいるから気をつけろ、と教わった気もするが、それはもう遅い。
僕は親から目をそらさないまま、一歩後ろに下がったが、すると親が一歩前に出た。
やばいじゃん、的確に間合い詰めてくるじゃん。
田舎ではときどき、イノシシに襲われて命を落とした、というようなニュースがあるが、子どもの頃は、どんな人がそんな目に遭ってしまうんだろう、と思っていた。
今ならわかる。
俺のような人間だ。
僕は、冗談抜きで、真剣に話した。
イノシシに。
「怒るのはわかります、でも、あなたの子どもに危害を加えるつもりはなかったです、ごめんね」
親はしばらく僕を「愚かな人間め」という感じで見つめていたが、やがて、ガードレールをぬるりとくぐって、消えた。
そうして僕は助かり、今、こうして生きている。
めでたしめでたし。
でもまあ、いつかまた、霧の中からイノシシの子どもが出てきたら、また追いかけちゃうよなあ。
たぶん。