ハスキー
開拓塾に勤めて十五年になる。
その期間で、豊橋本校を担当した年はわりに多く、トータルだと十年以上になる。
数日前、夜に自宅マンションに帰ったときのこと。
エントランスの扉を開けたところ、赤ん坊を抱えた若い女性が僕の後ろに立っていたので、
僕は扉を開けたまま、彼女が入るのを待った(この扉が結構重いので)。
女性は、ありがとうございます、と言った後で、
「もしかして、ハッシーですか?」と僕に言った。
なーにー。
もしかしなくてもハッシ―だけど、というか、その呼ばれ方にしても、
そんな時代もあったねといつか話せる日が来るわ、というくらい昔のことに感じて、
「ごめん、全然わからない。誰かな?」
と失礼な質問をする僕に、彼女は笑って名乗ってくれた。
名前を聞いて、わかった。
僕が新卒のときに教えていた吉田方の中三生、豊橋本校の卒業生だ。
二人目のお子さんが生まれて、このマンションに移ってきたのだという。
おーマジか。
僕が吉田方中の校区に住んでいることもあり、豊橋本校の卒業生には、よく出くわす。
パスタを食べに行ったら店員が卒業生だった、
ラーメンを食べに行ったら店員が卒業生だった、
そば屋に行ったら向かいの席に卒業生が座っていた。
こう書くと僕の主食が麺類なのかという印象になるが、そうでもない。
とにかく、そこらじゅうで豊橋本校の卒業生に会う。
しかし、同じマンションに住む日が来るとはね。
「漢字のテストがよくて、よくほめてもらったの、覚えてます」と彼女は言って、
僕の部屋のひとつ向こうの扉に消えた。
なーにー。
完全に隣人じゃん。
そういうわけで、教え子が隣人になりました。
生きているって、不思議ですね。
何かこう、時の流れを感じた。
部屋に戻った僕は、
だからー今日はくよくよしないでー今日のー風ーにー吹かーれましょーうー
と中島みゆきの「時代」を歌いながら梅酒を飲んで、妻に不思議がられた。
ルル~