ハスキー
豊橋市、鷹丘校での授業を明日に控えて、
そろそろこたつをしまおうかなんて思っている、今日この頃。
さて。
「火のないこたつは鬼より怖い」
そんな格言というか、戒めを知っていますか?
生徒、保護者の方、その他これを読まれている方、ご存知でしたら、豊橋本部の箸本までご一報下さい。
わりとマジで。
これ、「誰も知らない戒め」なんです。
僕以外に、誰も。
数年前の冬、部屋で僕がこたつの電源を入れながら「火のないこたつは鬼より怖い、ってね」と言うと、
妻が「何それ?」と不思議そうに聞いた。
「冷たいこたつに入って寝ると風邪ひくからやめろ、的な格言」と僕は答えた。
そのときは、「妻が知らないってことは、これは北関東とか群馬県とか、あるいはもっと狭いエリアにだけ伝わる、その地方独自の戒めみたいなものなのかな」と思った。
ところが、だ。
インターネットで検索をかけても、一件たりとも出てこない。
嫌な予感がした。
それで、次に帰省したときに、両親に尋ねた。
「火のないこたつは鬼より怖い、って言うよね?」
だが、両親とも、ついでに弟も、聞いたことすらないと言う。
「火のないこたつは、何だって?」と日頃から息子の正気を疑っている父が顔をしかめる。
そんな馬鹿な。
インターネットで出てこなかった時点で、最悪、っていうか別に最悪でもないけど、これは「家庭オリジナル」の格言かもしれんな、とまでは思っていた。
しかし、僕の家族すら誰も知らない。
すると、どういうことになるんです?
最も恐ろしい可能性は、「子どもの頃、僕自身がその戒めを考えた」というものだ。
これは恐ろしい。
恐ろしいけれど、たぶん、ない。
というのも、僕自身が「火のないこたつ」に昔も今も結構入るからだ。
そういう行動をしていたからこそ、「誰か」に戒められたのだ。
今でも僕が火のないこたつに入っている以上、その戒めには何の効果もなかったことになるが、
まあ、それはいい。
僕が困惑していると、「お祖母ちゃんに聞いたんじゃない?」と母が言った。
確かに、一応、可能性はある。
だけどねえ、あなたはそのお祖母ちゃんに育てられたんでしょうよ。
その母が聞いたこともない戒めみたいなものを、一緒に住んでいたわけでもない孫の僕だけが(弟は除いて)ピンポイントで知ってるって、そんなことある?
うーむ、いったんお祖母ちゃんに聞いてみるかねえ。
というようなことが、数年前にあった。
だが、僕がその質問を投げかけるのを忘れている間に、祖母は逝ってしまった。
九十七年という生涯をまっとうして。
子どもの頃、電源の入っていないこたつに潜っている僕に、「風邪ひくよ」と祖母が笑いかけ、「火のないこたつは鬼より怖い、ってねえ」と言いながらスイッチを入れる、そんな場面が、あったのだろうか。
あったような気もするし、なかったような気もする。
あるいは、僕がこたつで寝ているのを見た父親が「火のないこたつは鬼より怖い、ってな」と即席の適当な格言めいたことをでっち上げて、それを忘れ去ったのだろうか。
あり得るような気もするし、あり得ないような気もする。
いずれにせよ、この謎はもう、生涯解けないだろう。
電源を入れていないこたつに潜ってスマホを見ている僕に、今では妻が言う。
「火のないこたつは鬼より怖い、ってね」
こうして、謎の戒めが、もしかしたらこの世界でただひとつの家庭の中でだけ、祖母や父の記憶とともに、ひっそりと語り継がれてゆく。